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しるろぐ

いろいろ書きます。

一般社員がマネージャーの気持ちで動いたり動くことを期待するのは間違ってるんじゃないか

仕事

この間友達と飲んでいたのですが、与えられた立場とは別の立場に立って物事を考えて行動するのはおかしい気がするという話をしました。
「現場(一般社員)層」「マネージャー層」「経営層」という三層構造の会社で、現場の人間がマネージャー的な視点で仕事をして良いのか、とか、「開発」「企画」に分かれているのに開発が企画の立場に立って、企画が開発の立場に立って仕事をするのはどうなのか、とかそういう話です。


違和感を感じるところ

「キミ現場ね」って言われているのに、現場以外のマネージャーや経営の立場に経って物事を考えてそれを元に仕事をしたら褒められるのに激しく違和感を感じます。会社はあなたに現場としての行動を期待している(と思う)のに、それ以外の視点で行動したら違うんじゃないのと。
もちろん、現場なりにマネージャーの意図を汲んだり、マネージャーだったらこうするだろうなと考えること自体は問題ないですし、重要なことなのですが、マネージャーとしての自覚を持って仕事をしたら何か違う。

というのも、みんながみんな同じ視点から意見を言って仕事をしたら、せっかくの三層構造が無意味になる。社内の意見の多様性が失われて、議論が起きない。議論がないのでジンテーゼが生まれない。

現場には現場の、マネージャーにはマネージャーの立場や視点、譲れないところがあります。
そういった意見を(敢えて手の立場を考えずに)お互いにぶつけることで、社内の制度とか製品とかが洗練されていくと思うんです。
もし現場の人も、「確かに現場は厳しい、しかし現場にあわせていたら市場シェアの拡大はできないぞ!」みたいなことを現場としての意見を殺して経営視点で話したら、それって結局問題から目をそらしているだけじゃないの?と。


じっさいにどういうことか

開発と企画

開発の人が企画の人に意見を言うときは、「ぼくが企画の立場ならこうするね」ではなくて、「開発としては企画はこういう立場であって欲しいね」と言って欲しい。たとえその人が凄腕の企画としての経験があったとしても、今は開発なのだから、「開発者」として意見を言って欲しい。

昇進と評価

昇進は、「キミは現場の人間だがマネージャー的な動きをしてくれて助かった。ぜひマネージャーになって欲しい」ではなくて、「キミは現場として現場の意見を良く言ってくれた。これからはマネージャーとしてマネージャーの意見を言って欲しい」であって欲しい。

視点を変えるのはポジションが変わったときだけ

決して、「現場としての気持ちが抜けてないからまだマネージャーになれないよ」とは言って欲しくない。現場のポジションから解放されるのはマネージャーになったときであって、現場にいる以上、現場として振る舞い、現場として意見を言いたい。たとえ、経営視点を持っていて、現場の意見が通らない、通したら会社がダメになると思っていたとしても、「現場の人はこう思っています、現場はこんな状況です」と伝えるのはあきらめたくない。


なんで

理由は上に書いた通りで、与えられたポジションに対して、そのポジションを越えて行動したらポジションの意味がなくなってしまう。
会社が要求しているのは、現場の人間としてのあなたであって、マネージャーとしてのあなたじゃない気がする。だったら、与えられたポジションを演じて行動するのが筋じゃないかと、そう思ったのでした。


もういちど

上の視点や立場に立てることは良いことだと思います。お互いに歩み寄ることで問題が解決されたりします。

でも、実際に、上の立場に(本当は立つ権限を与えられていないのに)立ったつもりになって仕事をするのはおかしい気がするし、それを会社が要求するのもおかしい気がする。

マネージャーとして動いて欲しいなら、たとえ今マネージャーとしての能力がなくてもマネージャーに昇格させるべきだし、そうすることでようやくマネージャーとしての自覚が芽生えて能力が身につくんだと思います。
現場として動くなら、たとえマネージャー経験者だったとしても、その視点は捨てて現場として考えて現場として行動することが、配属に対する貢献じゃないかなと思います。


さいご

みたいなことを考えたのですが、実際のところどうなんですかね。
会社や人にもよると思いますが、なんかもやっとしたことでした。